大岩 剛一 (スローデザイン研究会代表、建築家)
ストローベイル(straw-bale)とは直方体に圧縮した藁(わら)のブロックのことですが、このブロックを積んで壁をつくり、土を塗った建築がストローベイル・ハウス、通称「わらの家」です。19世紀後半に森林の少ない北米ネブラスカ州に移住した入植者が、不足する材木の代わりに最も身近な素材である麦藁や干草をブロックにして家を建てたのが始まりです。
25年ほど前にその価値が見直され、環境に負荷をかけない持続可能な建築として、今や世界各地に広がっています。
わらの家の魅力とは、何でしょう。
藁と土でできた厚い壁には高い断熱性と蓄熱性があります。冬は暖かく、夏は涼しいので、エアコンへの依存が減ります。また調湿性に優れ、合板もボードも使わない壁が湿気調節をしてくれるから除湿機も要りません。有害な化学物質を使わないので身体にもよく、遮音性の高い室内はいつもまろやかな空気と静けさに満ちています。
木構造と組み合わせるから耐震性も確保できる。材料の調達から運搬、製造に多大なエネルギーを使わずにすむ。熱効率に優れたわらの家は機械に頼らないパッシブソーラーハウス、やがて大地に還る環境循環型の持続可能な建築です。でもこの建築の良いところは、単に環境や健康への負荷が小さいことだけではありません。
海外の森を伐採し、地球規模での環境破壊を後押ししている日本の住宅建設。その一方で間伐もされず、放置されたまま荒廃を余儀なくされている日本の森。今では量産品や海外からの輸入木材でつくる住宅が当たり前になって、建材のふるさとが見えなくなりました。家が、近くの森や水辺や田んぼから切り離されたのです。
藁は日本人の生活文化に深く根ざした循環型の素材ですが、藁という素材をもう一度私たちの住文化の中に取り戻すことには大きな意味があります。わらの家では地元や他府県の材木と稲藁を中心に、土や竹や石、いぶした籾殻などの高度成長とともに忘れられた素材を使い、地域の職人たちのエコロジカルな知恵と伝統的な優れた技術を取り入れてつくります。単に欧米のまねではない、私たちの足元と地域を見つめ直す家づくりなのです。
今日の化学物質を多用した量産化住宅では虫や鳥はめったに寄りつきませんが、土と木と藁でできたわらの家にはいろいろな生き物が集まって来ます。こう言うと尻込みする人がいますが、「自然住宅」とはそもそもそういうもの。人間にとって安全で快適な家は、彼らにとっても同様に安全で快適な環境だからです。
わらの家では建物が丸ごと里山的環境になっているので、家そのものが地域の生態系の一翼を担います。わらの家は命を育む里山。私たちが小さな命と出会う場所でもあるのです。
今や家づくりは専門家任せ。住まいと住み手のつながりは希薄です。これでは家に対する本当の愛着は育ちません。わらの家では建主が率先してワークショップを企画し、地元の職人や友人、素人のボランティアの協力を得て藁を積み、土を塗ります。
さまざまな意識をもった人たちが遠方から自分の意志でやって来て、素材に触れ、汗を流し、友だちをたくさんつくって帰っていく。特に子供たちの住まいに対する考え方は変わるはず。家とは何か、家をつくるとはどういうことかを考えるきっかけになるからです。わらの家の工事現場は、人と人のつながりを生み、家への愛着を育み、ものづくりの喜びを知ることのできる広場なのです。
私たちは大量生産、大量消費、大量廃棄のシステムに支えられて、モノやお金をモノサシにした豊かさという物語をひたすら追い求めてきました。今、これまでの物語を見直し、自分らしい新しい生き方を模索し始めた人々の間で、わらの家が静かなブームになっています。それは、わらの家が、経済効率を最優先する社会が切り捨ててきたつながりや、ゆるやかに循環するもの、ローカルなものとつながり直し、つつましく、美しい、エコロジカルな暮らしを取り戻すための建築だからです。
大地の記憶を呼び覚ましながら、暮らしの中に血の通った命の営みを取り戻す家づくり。それは、これからの時代の新しい住の物語にちがいありません。